おつかいへ(2)


 「今度こそ、ゴドウィン卿の素晴らしさ、ご理解いただけましたね?」
「はい……十二分に堪能しました……」
アレニアの話は小一時間にも及んだ。
ひたすら正座させられていたフェリド(ととばっちりを受けたミアキス)はようやくアレニアの話が終了したことに安堵したのだった。
 「アレニア、お前も長旅で疲れているだろう。茶でも飲んで一息ついてはどうだ?」
「いえ、今すぐにでも黒衣に袖を通し、女王陛下にお目通りを願いたいのですが…」
「ミアキス、アレニアに茶を淹れてやれ」
「はぁい、お待ちくださーい」
ミアキスは詰所の片隅に常備してある道具で茶を淹れる支度をはじめ、アレニアは不満げに円卓の椅子のひとつについた。…勿論、フェリドの頭の中を占めているのは、額当てが届くまでの時間稼ぎのことだ。
 「はーい、どうぞ〜。必要以上に熱いですからぁ、ゆっくり召し上がってくださいねぇ?」
「必要以上…?貴殿、就任前から新人いびりか?」
「違いますよぉ。猫舌な人が悶え苦しむ様を内心ほくそ笑むつもりなだけですよぉ」
(ミアキス、それフォローになってないぞ!)
フェリドは内心ミアキスにツッコミを入れた。
 …にしても、イストファーンの帰りが遅すぎる。防具屋までは大通りを歩いていけばいいだけだし、イストファーンは防具屋までの道を間違えたりしないはずだ。
まだ額当てが出来上がっていなかったのだろうか。それならそれでイストファーンに言伝をすればいいことだ。
もしかしたら、防具屋の主人が出かけているのかもしれない。それならまだいいが、途中で困ったことになっているのかもしれない。フェリドとしては…頼むのではなかった。と思っていたりする。
そうなのだ。アレニアを待たせておいて、フェリドが防具屋へ出向けばよかったのだ。
(イスト…大丈夫か……?)
ザハークがいれば、「親ばかも大概にしてください」の一言くらいはあっただろう。



 そのころ、イストファーンとリムスレーアは犬の通行妨害を受けていた。
宿屋の向かいの家が大型犬を飼っていて、それがイストファーンとリムスレーアが通ろうとすると激しく吠えてくるのだ。
犬は丈夫な紐でしっかりと繋がれているが、リムスレーアが鳴き声に怯えてしまって前を通ることができないのだ。
「リム、だいじょうぶだから」
「いやじゃー、こわいのじゃー…」
「でも、ちちうえがまってるよ?」
「うぅー……」
ここを通るのが太陽宮へ帰るのに一番近い道で、イストファーンはこの道しか知らない。しかしリムスレーアが動いてくれないのではどうしようもない。
「…べつのところからいこう」
「うん……」
イストファーンとリムスレーアは向きを変えた。

 それから歩いて…歩いて歩いて……イストファーンとリムスレーアはすっかり迷子になってしまった。あちこち歩き回ったせいで、もうどこから来たのかもわからなくなった。
おまけに……
「あにうえー…あしがいたいのじゃー……」
普段歩き慣れていないリムスレーアの足に靴擦れができて、血がにじんでいた。リムスレーアは通りの片隅にぺたんと座り込んでしまった。
「もうあるけないのじゃー…」
「あるいてよリム。じゃないとかえれない……」
「いやじゃー…リムはあしがいたいのじゃー…」
そう言うが、イストファーンだってくたくただ。それに帰り道がわからない。絶望的な状況である。
イストファーンはリムスレーアの隣に腰を下ろした。…そもそも、リムスレーアが来なければこんなことにはならなかったのに。そう思ったが、連れてきてしまった以上はちゃんと連れて帰らねばならない。どうしよう…なんだかイストファーンは泣きたくなってきた。
 と、そこに。
いかにも、“街をごろついています”と言わんばかりの風貌をした男がイストファーンとリムスレーアに近づいてきた。
「おやぁ〜?僕たち、どうしたのかなぁ〜?」
男が酒臭い息をイストファーンとリムスレーアに吐きかけた。イストファーンは立ち上がり、リムスレーアはイストファーンの手をぎゅっと握った。
イストファーンは男と視線を合わせないように俯いて、男を避けて歩こうとした。が、男はたった1歩でイストファーンとリムスレーアの進路を阻む。
「こらこら僕たち、優しいおじさんを無視しちゃいけないぜー?」
「…べつにおまえにようはない」
「何だ、口のきき方を知らねえガキだな」
「くちのききかたがなってないのはそっちじゃ!」
「おじょうちゃん、言ってくれるじゃねえか……」
 そのやりとりを聞きつけた大人…おそらく男の知り合いか仲間だろう…が2人やってきた。イストファーンとリムスレーアは彼らに取り囲まれてしまう。
「どうしたどうした」
「いや、なんか見慣れんガキが居てさぁ」
「…ほー…、どこかのお貴族様の子じゃねぇ?身代金がたんまり…とかさあ」
「なにをもうすか!わらわはファレナのおうじょ、リムスレーアじゃ!」
負けじとリムスレーアが言い返した。…ら、男たちは爆笑した。
「いいねぇー、ウソはそれくらいでかくないとな」
「うそではない!わらわはリムスレーアじゃ!」
「いいかいお嬢ちゃん、王女様なんてのは、あそこのお城で大事に大事にされてるもんだ。こんなところに居るはずないんだよ」
「リムはうそなどゆっておらぬ!」
リムスレーアはむきになっているが、イストファーンは男の言葉に急に不安になった。…このまま、自分たちがこの男たちの言葉通りの未来を送ることになったら…どうなってしまうのだろう。
 「とにかく、従者が探しに来る前に済ませちまおうぜ」
「おお、そうだな。ほれ、こっちに来い」
男の1人がイストファーンの手を掴み、もう1人がリムスレーアに手を伸ばす。イストファーンはとっさに額当ての入った箱を入れた袋を男にぶつけた。
「いもうとにさわるな」
「っ痛ぅーー……何しやがんだこのガキ!」
「……っ!?」
「あにうえ!」
仕返しとばかりに男に蹴られたイストファーンは地面に転がされた。リムスレーアが悲鳴のような声を上げる。蹴られたところやぶつけたところはじんじんと痛んだが、イストファーンは袋をけして手放さなかった。
 「…ったく、いいとこのガキだと思って優しくしてたら……お?お前、何持ってる?」
男はイストファーンの腹を踏みつけ、イストファーンから袋を奪い取った。
イストファーンは袋を取り戻そうともがいたが、それはかなわなかった。男はイストファーンをあしらいながら別の男に袋を渡し、彼は袋から箱を出してそれを開けた。
「おおー、すげぇ細工。金になるぜこりゃ……」
「でも、これと同じもんをどっかで見たことがある気がする……」

 「多分、これじゃないのかなー?」

 「ん…?あぁそうそう。それそれ。女王騎士様の額当てと同じ……女王騎士!?」
「はあい、正解ですよー」
いつの間にか現れた金髪の女王騎士がリムスレーアをつかまえていた男を思い切り殴りつけた。残りの2人は動きを止めた。
「カイルっ!あにうえが…あにうえが……」
「はい姫様、もう大丈夫ですよー。王子もすぐお助けしますからねー」
リムスレーアに対してへら、と笑ったカイルは腰に佩いた太刀を抜いた。男たちは完全に怯えきっている。
 「え、えぇと…女王騎士様、人違い…とかは……」
「やだなー、お仕えする方を見間違えたりするはずないでしょー?…さて」
カイルはイストファーンの腹の上に足を乗せた男の太腿に太刀を突きつける。男は慌てて足をどけた。
「本来なら叩き斬ってるとこなんだけどさ、子供の教育上、よくないっしょ?命が惜しいんなら、夕暮れまでに荷物まとめてソルファレナを出た方がいいんじゃないのかな。なにせ、窃盗未遂の上、王子のお体に足を乗せた…とあっちゃ、さすがに黙ってるわけにもいかないしー?」
カイルはわざと大きい声で言った。それを聞いた通行人たちが皆足を止めてひそひそと囁きあう。
男たちは箱を置いて慌てて逃げていった。…が、どうせすぐに警備兵に捕まるだろう。
 「王子、お怪我はっ!」
カイルは太刀を鞘におさめると、かがみこんでイストファーンを助け起こした。
「ん、だいじょうぶ……」
「でも、どうしてこんなところに姫様とふたりっきりでいらっしゃったんですか?フェリド様やミアキス殿は?」
「…たぶん、おしろ。ぼく、じょおうきしの、ひたいいあて……それで、リムがっ……」
カイルの顔を見たらほっとしてしまい、イストファーンの目に涙が浮かぶ。…が……
「う…うぇ……うわぁぁん…わぁぁ……ん……」
突然、リムスレーアが大声で泣き出した。こんなに声を上げて泣くリムスレーアは、イストファーンでも見たことがない。
カイルはにっこりと微笑むと、イストファーンとリムスレーアをまとめて抱きしめた。
「はい、もう大丈夫ですよー。怖かったですねー……」
「カイル……っ」
イストファーンもカイルに抱きついた。



 お茶はすっかり冷めきった。
食事の時間もかなり過ぎた。
しかしまだイストファーンは戻ってこない。フェリドとアレニアは重苦しい沈黙の中、向かい合って座していた。
(いくらなんでも遅すぎるだろう…とにかく、探しに行かねば……)
と思っていると、フェリドの腹の虫が鳴いた。
「…もうこんな時間か。アレニア、飯を食ってこい」。陛下への謁見はそれからにしよう」
「しかし、私は一刻も早く……」
「謁見の最中に腹を鳴らすのか?」
「う……」
沈黙しているアレニアを尻目に、フェリドは外に控えている衛兵を呼んでアレニアを食堂へ案内するよう頼んだ。これでフェリドは自由になった。
(…最初からこうすればよかったんじゃないか……)
衛兵に連れられて遠ざかるアレニアを見、フェリドは息を吐いた。
(…じゃない、イストだ!)
フェリドはできるだけ平静を保ちつつ、かつできる限り速く外を目指し、小走りで歩いた。
(イスト、途中で迷子になってしまったのか…それとも、道草食ってるだけなのか……)
 「あ、ちちうえ」
「フェリド様ー、どこかお出かけですかー?」
「そうだ。ちょっとイストを探しにな。カイルもイストも手があいていたら手伝って……」

 ……ん?

 カイルがリムスレーアをおんぶして、イストファーンの手を引いて、フェリドのことをぽかんと見ていた。

「イストーーっ!!勝手に出ていっては心配するじゃないかっ!!」
「ごめんなさい…でも……」
うー…と泣き顔になるイストファーンのことを、フェリドは力いっぱい抱きしめた。
「父さんめちゃくちゃ心配したんだぞーっ!!」
「ちち…うえっ!あのねっ、リムがね、ついてきてね、それでねっ……」
「うんうんうん…後でゆっくり聞いてやるぞ!とりあえず、飯にしようか。…てかイスト、なんだか小汚くなったか……?」
「まー、色々あったんですよー。でも、めでたしめでたしですよねー。影の功労者俺ってかんじかなー。フェリド様、褒めてくださいよー」
カイルがにこにこしながらフェリドを見上げてきた。
「そうだな。カイルのおかげで……とは言うもんかこの馬鹿イルがっ!!」
フェリドはカイルの耳を思い切り引っ張った。
「お前が公務をサボって城下に出かけたりしなければこんなにやきもきすることなかったんだ!!イストにもリムにも謝れっ!!」
「いででででででっ!フェリド様耳がちぎれる〜〜!!」
「…どうして?」
きょとん、とイストファーンが尋ねるので、フェリドはカイルの耳を引っ張りながらイストファーンの前に立たせた。
「お前の護衛にカイルをつけようとしたんだ。どこにも居なかったせいで時間を食ってな……」
仕方がないのでミアキスに頼もうと思ったらイストファーンは出かけた後で、途中でリムスレーアがくっついていってしまって、一方フェリドはアレニアにかかりっきりになってしまいミアキスは振り回されたのだ。
「カイルはわるいやつじゃのう!」
「はは…あははは……すいません」



 昼食後。
アレニアの額に、イストファーンが取ってきた額当てがつけられた。イストファーンはそれを誇らしい気持ちで見ていた。
フェリドはイストファーンの頭に手を置いて、にっこりと笑った。
「ご苦労だったなイスト。父さん、大助かりだったぞ」
「……うん!」
イストファーンは満面の笑みを浮かべ、大きく頷いたのだった。



*****言い訳
 とりあえず、「はじめてのおつかい」王子とリム版です。…あちゃー……
当初、フェリドが意図的に王子におつかいを頼む…つもりだったのですが、なんか、だんだん意図的じゃなくなってきてしまいました(笑)。
 ところでアレニアとミアキスって仲悪そうですよね……?

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