失格騎士(2)


 さて、その数日後。
前回途中で打ち切った探索の続きをやることになった…ということで、ルセリナがイストファーンが指名した人物の召集を行っていた。
ゲオルグとミアキスと一緒に居たカイルのところにもルセリナがやってきて、ゲオルグとミアキスには声をかけていた。…が、カイルには何も言わなかった。
「…あれ?俺は?」
「今回は聞いていませんよ。珍しいですね」
ルセリナは小さく首を傾げると、次のメンバーに声をかけに行ってしまった。
城は広いから召集も大変である。しかしルセリナには仲間の大体の居場所がわかっているらしい。…ではなく。
 「カイルさぁん…さては、王子と仲直りできてませんねぇ?」
ミアキスに睨まれ、
「…ま、しばらく反省して鍛錬にでも励んでいろ」
ゲオルグには痛いところをつかれた。
「はーい、そうしますー。王子のこと、くれぐれもお願いしますねー」
「…って、落ち着いちゃってどうするんですかぁ!ほらぁ、直談判ですっ!」
カイルがひらひらと振った手をミアキスは掴み、小柄な彼女のどこにそんな力があるのか尋ねたいような勢いで引きずっていく。

 そして、カイルが今一番会いたくない人物のもとへ連れてこられた。

 「…僕はカイルに頼んだ覚えはないけど」
イストファーンはカイルを見るなり、冷ややかにそう言い放った。
 カイルはにへら、と笑みを浮かべると、
「そーですよねー?それじゃ王子、気をつけて…」
「……じゃないでしょぉ!」
ミアキスの膝蹴りがカイルの背中に入った。上体をかがめたところ、ミアキスに無理矢理頭を下げさせされた。
「王子、カイルさんもお供したいって言ってるんですよぉ、ぜひぜひぃ」
「人手は足りてる」
「ですからぁ、そこをなんとか〜」
イストファーンはため息をついた。
「…ミアキス、カイルはこの間の傷が治ってないって思ったから声をかけなかったんだ」
「……さっすが王子、よくわかってらっしゃいますねー。実は、まだちょっと痛むんですよね。ってわけで、今日はおとなしく留守番してます。シルヴァ先生のとこに寄ってきますよ」
ようやくミアキスの手をどけたカイルは緩く笑って、くるりとイストファーンに背を向けた。
 傷が癒えていない。とは嘘だ。
「そんな見え透いた嘘、姫様にも通じませんよ。王子もカイルさんも、一体どうしちゃったんですかぁ」
ミアキスはカイルの背中とイストファーンの顔、両方を交互に見やった。
カイルは2人に背中を向けたまま、改めて緩い笑みを作り直した。
「どうもこうも、いつもどおりですよー。ねぇ、王子?」
「……あぁ、そうだね」
 今、イストファーンは一体どんな表情をしてカイルの背中を見てるのだろう。
イストファーンの視線だけは感じるけれど、黎明の青は、今どんな感情を浮かべているのだろう……
 「イストファーン殿下、全員集合しました」
「ありがとうルセリナ。…ビッキー、魔法をお願い」
カイルの背後で、しゅん、と音がして、複数名の気配が消えた。



 カイルは一応…というかなんというか、医務室にやってきた。そこにはリオンが居た。
「リオンちゃん、体の具合はどう?」
「あ…カイルさま。今日は王子とご一緒ではないんですね」
ベッドの上のリオンは少し笑って首を傾げた。カイルはそんなリオンに笑い返して、リオンのベッドの傍にある丸椅子に腰を下ろした。
「今日はふられちゃったんだよねー。王子、つれない…」
「王子、お出かけですか?」
「んー、そんなところ。この間途中で打ち切った探索の続きをやるんでしょ」
カイルがそう言うと、リオンは「そう言えば」と言った。
 「王子、ひどく怒っていらっしゃいましたよ。“カイルは何考えてるのかわかんない”って。何かあったんですか?」
王子にお尋ねしてもそこから先は教えてくれなくて。なんだか仲間はずれにされてしまったみたいです。と言いながらリオンは苦笑した。
「…うん、ちょっとね。王子、そういうことはあんまりリオンちゃんには言わないんだって思ってたよー」
「そうですね。王子はあまりわたしには弱音とかは仰られません。……余程、もてあましてしまったのでしょうか」
カイルに対する不信感をか。尋ねられればよかっただろうに、カイルはただ、拳をきつく握っただけに留めた。
カイルも、イストファーンに対して少しだけやきもちをやいた。イストファーンの涙を処理する場所はカイルだったのに……とは言え、原因を作ってしまったのも今回はカイルだ。苦し紛れにリオンに零してしまったのだろう。
 イストファーンはまだ小さい。
14歳。リオンは女王騎士見習いとして鍛錬に励みながら周囲に可愛がられ、カイルは感情の行き場を見失って故郷を飛び出した年だ。
同じ年でイストファーンは多くの悲しみを抱え、たくさんの期待を背負い、それでも腐ることなく前を向いて立ち続けている。
それがどれほど酷なことか、イストファーンになってみなければわからないだろうが、それでもなんとなく察することはできた。
 「…カイル様、わたし、悔しいです」
「うん?」
「王子がつらい思いをされているのに、ここで守られて……わたしが、王子をお守りしないといけないのに、体が動かないのが悔しくてたまりません」
(悔しいのは、俺だって同じだよ……)
しかし、カイルよりリオンの方が余程騎士らしい考え方をしている。我が身を厭わず、主君を守るというただひとつの思いが、リオンからはひしひしと感じられた。
そうだ。リオンは我が身を犠牲にしてイストファーンを守ったのだ。
一方、カイルはイストファーンを犠牲にして、我が身が守られたのだ。
その差は、あまりにも大きい。
 「でもリオンちゃんは立派だよ。ちゃんとお役目を果たしたんだからさ。…だから早く良くなって、戻っておいでー」
「はい、ありがとうございます」
カイルがリオンの頭を軽く撫でると、リオンはまぶしいくらいの笑顔を返してきてくれた。今のカイルにはとてもできない。
カイルは胸に生まれた苦いものをしまいこんで、リオンの前から去った。





 リオンと別れたカイルがぶらぶらと歩いていると、鏡からミアキスが出てきた。
「あっれー、ミアキス殿。探索はもう終わりなんですかー?」
「それどころじゃありませんっ!レルカーにゴドウィンの軍勢が攻めてきてっ……」
真っ青な顔をしたミアキスはカイルに抱きついた。息を整えるためのようだ。
「で、王子は……?」
「……指揮をとるため、残られました。……早くルクレティアさんにお知らせしないとっ……!」
階段を駆け上がっていくミアキス。カイルはへら、と笑った。
「また、すごい冗談ですねー…ミアキス殿、芸が細かい……」
「…そんなわけないでしょうっ!これの重みがわからないんですかっ!」
言葉と共に、手鏡が投げつけられた。カイルはそれを受け取る。
 言うまでもない。瞬きの手鏡だった。
西方はドラートを陥としたことにより、前線はドラートに移動させている。そのためレルカーの守備には最低限の兵しか置いていない。
レルカーはあまり防衛に向いている地形ではない。あちら側からすればドラートとロードレイクからの挟撃を受ける可能性は高いが、レルカーが陥落すればドラートは孤立し、こちら側としてはその身深くに敵の侵入を許すことになる。第一、レルカーにはたくさんの一般人が住んでいる。戦略的には重要な場所故、死守する必要があるとイストファーンは踏んだのだろう。応援を頼むためミアキスに鏡を託した……
イストファーンは退路を絶たれている。
 カイルの手から手鏡が落ちて、かつんと音を立てて床を転がった。

 ゾディアーク城はにわかに騒々しくなった。ばたばたと音を立てて、さまざまな人が上へ下へ、出撃準備をしている。
カイルも指示を出さねばならぬ立場なのだが、体がうまく動かない。
そこに、ルクレティアがやってきた。ミアキスも一緒である。
「今から全速で部隊を動かしますが、正直、それまで王子が持ちこたえられるかどうか…は微妙なところです。留守番中の騎士さまとしてはどきどきしませんか?」
「あ、当たり前でしょっ!王子に何かあったら……」
「なので、1部隊だけビッキーさんの魔法で先行させます。1部隊だけならなんとかなるそうですけど…カイル殿はどうされますか?」
「勿論、いきますよねっ!私も行きますからっ!絶対すぐ戻るって王子と約束してますからっ!」
「……でも、俺は……」
ついぞこの間、カイルはイストファーンを守ることができなかった。大事な場面だからこそ、カイルは動いてはいけないのだ。ミアキスを始め他の仲間たちの力を信じて、もっと力のある者に譲らねばならない。イストファーンが心配だからと言って、カイルがでしゃばってはいけない。
「俺は…やめときます。俺が行って、王子が無駄死にしちゃったら……それこそ、取り返しがつきませんから」
 それを聞いたルクレティアは、「あら」と目を丸くした。
「そうなんですか?王子が信を置かれている方はそんなに腑抜けさんだったんですか。そんな腑抜けさんを信頼し続けている王子なんて、知れてますね」
ルクレティアはゆうらりと羽根扇を動かして、ミアキスに指示を出す。ミアキスはこくこくと頷くと、場に集まってきた兵士たちを整列させる。
「行きたくない、と仰られるなら別の人にお願いしますけど、本当に、いいんですね?カイル殿は後悔しませんね?」
「後悔なんて……」
しない。と言いかけて、口をつぐんだ。
 もしこの部隊を派遣してもイストファーンを守ることができなかったら…レルカーは陥ち、主を失ったパラヴェーラ軍は存在意義を失う。そうすればカイルはきっと、部隊の指揮官をなじるだろう。…仮に、それをしない理性が残っていたとしても、「彼らでもどうしようもなかったのなら、自分が赴いてもイストファーンを守れなかったはずだ」という言い訳をずっと背負って生きていくことになる。…それを「後悔」と言うのではないか。
先日の一瞬が、カイルの目の前に鮮やかに浮かび上がる。視界を覆った赤い布。肉を裂く鈍い音。急速に冷たくなっていくイストファーン……
カイルは、軽く頭を振った。そしてルクレティアに頭を下げる。
 「…やっぱり、お願いします!俺に行かせてください!」
「はい、いいですよ。カイル殿に主将をお願いします」
カイルは表情を引き締め、重く頷いた。

 今、ここで王子を守らないで、何が女王騎士だ。
騎士は傷つくことを恐れてはならない。傷つくことを怖がれば、守るべき人が危険にさらされる。
イストファーンは退路を絶ってまで、レルカーを守ろうとした。
そのイストファーンを守るのが、カイルの使命だ。



 レルカーでは激しい戦いが行われていた。
こちら側は橋のたもとに陣取り、交互に攻めてくる敵兵の数を減らしていた。水軍に対しては弓兵が相手をしていた。
カイルの部隊はビッキーの魔法により、敵の陸部隊の後方に送りこまれた。
 相手は忽然と姿を見せたカイルの部隊に動揺し、一気に指揮系統が乱れた。混乱に乗じて陸上部隊を殲滅することができた。
ミアキス曰く、そのときのカイルの戦いぶりは鬼神さながらだった…という。
程なくしてラフトフリートから快速艇が応援に駆けつけ、水軍も無事片付けることができたのだった。

 「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
戦闘終了後、カイルはその場に座り込んだ。満身創痍、精魂尽き果てた。もう立てない。
これだけ人を斬ったのは生まれて初めてのことかもしれない。…というくらい戦い抜いた。どれが返り血なのか自分の血なのかわからないくらいだった。
「ミアキス殿……」
「はぁい、なんでしょお?」
一方、ミアキスは存外元気だった。…そして、フルーツポンチをほおばっている最中だった。カイルはその場に大の字にひっくり返った。
「俺、もう死ぬ……死んでいいかな……」
「なに言ってるんですか!……あ、王子!」
「王子ねー…王子、ご無事で……王子っ!?」
カイルはがば、と跳ね起きた。するとちょうど、血相を変えたイストファーンがこちらに駆けてくるところだった。イストファーンには目立った外傷はなさそうだった。
 「2人とも、無事!?」
「はぁい!王子、約束はちゃーんと守りましたよぉ!」
ミアキスは大きく手を振った後、イストファーンとがっちり肩を組んだ。何かを話しているようだったが…2人して、くるりとこちらを向いた。
「じゃ、私は処理の方やってきますねぇ。王子、カイルさんのことお願いしますぅ」
「…えっと、うん、わかった……」
イストファーンはおずおずとカイルの傍らに膝をついた。
カイルはにへら、と笑った。
 「さっすがゲオルグ殿ですよねー。あんなきつい戦いに王子を出してもきっちり守りきっちゃうんだから…俺じゃ絶対無理……」
「まだ、そんなことを言うの?」
「…へ?」
カイルが間の抜けた声を出した瞬間、イストファーンがほろほろと泣き始めた。カイルはぎょっとして動きを止めてしまう。
「カイル、僕のこと守ってくれたじゃないか!カイルの方がよっぽど危険な立場だったのに!なのにどうして…認めてあげないの……」
「……ありがとうございます」
カイルがイストファーンの頭に手を乗せると、イストファーンは小さく鼻をすすり……カイルの頭を抱き寄せた。ほんのりとしたぬくもりに包まれて、カイルはなんだか、幸せな気持ちになってしまった。
 「……怖かったんです。…あのとき」
イストファーンがいなくなる。ふと脳裏によぎった昏い未来がカイルを支配して、未来はいつの間にかカイルを縛り付けていた。
「あなたに庇われたとき、俺って王子の傍にいる資格なんてないんだな。って思って…役立たずって罵られた方が楽だったのに……」
罵言をぶつけられたら、反発して自分を正当化できるから。
「俺が俺である理由がなくなるのも怖かったんですけどね、やっぱり、王子がいなくなってしまう方が怖くて……」
ああ、この人が愛しい。
カイルは手を伸ばして、イストファーンの頬に触れた。そして…イストファーンの肩に縋った。
「……すいません王子、ちょっとだけこのまま…居させてください……っ」
カイルはイストファーンの胸に耳を当てる。イストファーンの心臓は止むことなく規則正しい音を伝えている。
ぬくもりは血が通っている証。
「……僕もね、怖かったんだよ。あのとき」
イストファーンの表情はカイルからは見えない。声音はとても穏やかだった。
「カイルもリオンみたいになってしまうのかと思ったら、怖かったんだよ……」



 それを、物陰から見ている3人が居た。
「…やれやれですねぇ。ケンカしてたかと思ったらいちゃいちゃですかぁ」
「熱いな」
「全くです」
ミアキスが肩を竦めて、ゲオルグがしたり顔で頷き、ベルナデットが苦笑した。
 「にしてもあの軍師、底が知れん。…ああ、俺は苦手なタイプだ……」
「それって褒め言葉ですよね?」
いきなり現れたルクレティアに、悪口を言いかけたゲオルグは飛びのいた。ルクレティアは臆することなくゆうらりと羽根扇を動かしながら、イストファーンとカイルの様子をちらりと見た。
「あらぁ、熱烈歓迎ですね」
「はぁい、熱烈歓迎ですぅ」
ルクレティアは偶然という点を結びつけて必然に持っていく天才である。今回も、「イストファーンとカイルのけんか」と「ゴドウィン軍の奇襲」という一見何ら関係ない事件を結びつけて、最終的に一番良い形で終結させてしまった。ゴドウィン軍は片付き、イストファーンとカイルは仲直り。めでたしめでたし。
しかし、裏でルクレティアが糸を引いたことを知ってしまうとどうしても、「ああまたやられた」という感がいなめないのであった。
 「それにしても、王子殿下とカイル殿は仲が良いのですね」
「はぁい、それはもう。なにせ……うふふふふふふふ、王子に“ナイショにして〜”って頼まれてたんでしたっけぇ」
「…は?」
ミアキスがルクレティアのように笑うものだから、ベルナデットがぽかんとしてしまった。何か言いたげにゲオルグの方を向いたが、ゲオルグは小さく首を左右に振るばかりであった。
「…だけど、仲良しに戻って良かったです。だって……もう」
イストファーンに残された過去から変わらないものは、カイルの存在くらいしかないのだから。それまで奪われるのはいたたまれなかった。



*****言い訳
 カイルはヘタレだといいよ。弱いってことがわかってて、悩みながら王子を守るといいよ。…と思って、書いてみたものです。
前半部分の前半は下書き当初王子視点で書いてたんですが、…いやむしろカイルかな。と思って逆を意識して書き直してみました。
個人的には、リオンが微妙に書きづらいというか…動かしづらいところです。逆にミアキスは放っておいてもしゃしゃり出てくるので、つい出番が多くなってしまいます。
カイル・ミアキス・王子の3人で本拠地をうろうろしているといいよ。ゲオルグとベルナデットは保護者でいいです。年齢無視ですけど…

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