失格騎士(1)


 王子が居て、俺が居て。
それが当たり前だと思っていた。
 傷つくのは俺。俺が倒れようが、けして王子には傷をつけてはいけない。
それが騎士だから。

 その騎士が、王子を守れなかったら……
騎士には、何が残る?



 カイルたちは、強敵に苦戦を強いられていた。
時間の経過と共にじわじわとこちらが押してきているが、消耗も激しい。
撤退を試みたが、相手は知恵を持たぬ獣ながら見事な布陣で逃がしてはくれなかったのだ。どちらかが倒れるまでの勝負…まだ勝敗は見えない。
 魔物とつばぜり合いになっていたカイルだったが、そこを別の魔物が攻めてきた。さばききれずに肩に一撃を受け、膝をつく。
「くっ!?」
先ほどまで相手にしていた魔物が好機ととり、姿勢を崩したカイルに襲いかかる。
カイルは一瞬で状況を判断する。攻撃を受ける代わり、こいつを道連れにする。そう決め太刀を構え直したときだ。

 ひらりと、赤い布がカイルの視界を遮った。

 「王子っ!」
こともあろうに、イストファーンがカイルを庇ったのだ。今の叫びはカイルではない。…誰だったろう。
カイルは目を見開く。イストファーンはカイルの方に倒れこみながら…それでも笑ってみせたのだ。

 背をえぐられたイストファーン。ひくりとも動かない。カイルは震える手でイストファーンの背に触れた。
赤い液体がべっとりとカイルの手を染める。
「おうじ……」
 「呆けるな!」
声と共にゲオルグの刀が一閃する。魔物は断末魔の咆哮を上げて地に伏し…そして動かなくなった。

 辛くも勝利した。
しかし払った代償は、あまりにも大きい……



 「カイルさぁん?おくすり使いましょー?」
ミアキスがカイルの顔を覗き込んだ。
「…いや、いい」
「何言ってるんですかぁ。カイルさんもぼろぼろじゃないですか。…あ、私のフルーツポンチを狙ってますねぇ?だめですよぉ」
「ちなみに俺のチーズケーキもやらん」
 戦闘終了後、ベルナデットが流水の紋章を用いてイストファーンの怪我を治療した。今はすっかり傷も塞がり、体力を回復するために眠らせている。
カイルはぞっとしたのだ。衣服を脱がされたイストファーンに、懸命の表情をして紋章を行使するベルナデットの姿を見ていて…自分の力のなさを痛感した。
守るはずの人に守られた。
ベルナデットは優れた魔法の使い手だ。低位の魔法なら苦もなく繰り出せる。…それだけイストファーンの傷は深かった…というわけだ。
ベルナデットが居てくれたからイストファーンは一命を取り留めた。カイルは何もできなかった。
「…いりません」
 ミアキスとゲオルグが顔を見合わせた。そして……
「カイルさん…もしかして、王子のこと気に病んでませんかぁ……?」
ミアキスが再びカイルの顔を覗き込んだ。

 カイルはため息をつく。「はは…」となんとも情けない笑い声がこぼれた。
「俺、だめだなぁ……」
カイルが自分の傷を治さない理由。イストファーンが目覚めるまではこのままで居る。痛みに耐える。…そう、決めた。守ると決めていた人を守れなかった罰として。
「カイルさんって、いつもそうですよねぇ?」
ミアキスはカイルの隣に座ると、肘で傷口をつついた。当然ぴりっと痛みが走り、カイルは苦悶の表情を浮かべる。
「カイルさんって、切り替えが早いふりしてぐじぐじ悩むんですよぉ。ゲオルグさん、しこたま笑ってやってください」
「…ふむ。城にすぐ戻れるならお前の行動は意味のあるものかもしれんが、今は全く、何の意味もない」
「でででもっ!!王子が苦しい思いをされてるのに、俺だけ…そんな……そんな資格、ないです……」
カイルは膝の中に顔をうずめた。
胸の内はもやもやとして、何かを吐き出せそうだった。
 「例えば。今この瞬間に敵に襲われたとしよう。イストファーンは動けない。ベルナデット殿にイストファーンを任せるとして、あとは3人でさばくことになる。そのとき、手負いが1人居るのといないのと、どっちがイストファーンを守りやすい?」
「…そりゃあ、いない方ですけど……」
「王子に助けていただいた命を粗末にしちゃう方が、きっと王子は腹が立つと思いますよぉ?」
「理論はそういうものかもしれませんけどっ!」
いつも居る。当たり前の感覚がなくなりそうだったそのとき、カイルは怖くて怖くてたまらなかったのだ。
自分の腕の中で、大切な人の生命が砂のようにさらさらとこぼれていく感覚が…まだ、手に残っている。
カイルの手は小さく震えている。
 「俺じゃあ、王子のこと守りきれないのかな……」
「ほらぁ!まーたそうやって泥沼に沈んでいっちゃってぇ。元気出してくださーいっ!!」
ミアキスがカイルに蹴りを食らわせた。

 向こうの方で、ベルナデットとイストファーンの会話が始まった。
「…どうやら、目が覚めたようだな。出立の準備をするか」
ゲオルグは腰を上げた。
「ほらカイルさん、王子にご挨拶してきてくださいねぇ?」
「王子……」
カイルはのそりと立ち上がった。


 イストファーンの上体にはきっちりと包帯が巻かれている。血がにじんでいるのは、流水の紋章が使われる前に流れたもの。これ以上は広がることはない。
「あ、あのベルさん…カイルは……」
「安心してください。殿下が身を挺して庇われたおかげでぴんしゃんしてらっしゃいます」
イストファーンの口から自分の名前が出たことにカイルは申し訳ない気持ちになったと同時に…腹立たしくもなった。
何故イストファーンは己の身より先にカイルを心配するのだ。順番が逆だろう。カイルは座り込んだイストファーンと視線を合わせるため、イストファーンの傍に膝をついた。
「王子!どうしてあんなことをしたんですかっ!」
「どうして、って……」
カイルの剣幕についていけないイストファーンは、きょとんとした顔で聞き返した。
「俺、前に言いましたよね?王子は誰よりも生き抜かなくちゃならないんだって。そのために俺たちが居るんだ…って。俺を庇って王子に何かあったら……」
「カイル……」
イストファーンは、困ったように笑ってみせた。

 カイルの言っている言葉の意味がわからないよ?
そう、イストファーンが言っているようにカイルは思った。

 「今回はベルさんのおかげで軽傷ですみましたけど!もしベルさんが居なかったらっ!!」
カイルは身を乗り出した。
 イストファーンは表情を曇らせ、カイルの腕の傷に触れた。
「カイル、変な意地を張ってる」
カイルはイストファーンの手を見…イストファーンの肩を掴んだ。
「俺のことなんてどうだっていいんです!」
「そうかな。そんなことないよ?」
ああもう。この人はこんなに物分りの悪い人だったか。カイルはなんとかしてイストファーンに自分の言いたいことを理解してもらわねば…という気持ちばかりが先行してしまっていた。
何故なら、カイルは騎士だから。イストファーンを守るために存在しているのだから。
…言わば、駒。カイルをイストファーンが守ることは、駒を残すために陣を明け渡すようなものだ。
 「……カイル殿、そのあたりにしておきましょう。殿下のお体に障ります」
カイルとイストファーンの間に流れる空気が緊迫をはらんだものになってきたせいか、見かねたベルナデットがやんわりと間に入った。
カイルははたと我に返る。…そっと、イストファーンから手を離した。…よほど力をこめていたらしく、イストファーンの肩にはうっすらと紅がついていた。
「ところで、支障がなければ一度城に戻りませんか?さっきのような強敵に度々出会うような状態では、私の魔力にも不安が残りますし…一時撤収・補給を提案しますが」
「僕なら大丈夫だよベルさん。……もうカイルを庇ったりしないから」
イストファーンは俯いた。…なんだか、自分の名前を強調されたようで、カイルは悲しくなった。
…いや、カイルの思いはイストファーンにはそうあってほしいのだが……
「そ…そうですねぇ!王子のお体のことも心配ですしー、ゲオルグ殿にも伝えてみようかなー」
へら、と笑ってイストファーンから背を向けた。

 あんなことが言いたかったわけじゃなかったのに。
カイルは新たに痛み始めた胸を押さえて、ゲオルグとミアキスのもとに向かった。


 結局、探索はそこで打ち切り、余力があるうちに瞬きの手鏡でゾディアーク城へ戻ってきた。
イストファーンが「後日改めて探索に出ることにして、その時改めて声をかける」と言って解散となった。
「さあ王子、シルヴァ先生に診ていただきましょうねー。俺、お供しますよー」
「…ベルさんに治してもらってるから大丈夫。先にカイルが診てもらえばいい」
イストファーンはカイルから背を向けた。
「王子ー、じゃあ俺と一緒に……」
「行かないっ!」
思いがけず強い拒絶を示され、カイルは面食らった。
 「王子ー…?」
「……そうやって笑うカイルは嫌いだ……」
カイルが女王騎士になってからそこそこ長い時間が経ったが、イストファーンの口から直接「嫌い」という言葉を聞いたのは初めてだった。
カイルの中にあった何かが音を立てて崩れていく。
 イストファーンが泣きそうな表情をしたままカイルを見つめている。
この人を引き止めなければ。
 それなのに。
 「すいませんねー、これ、性分なんですよねー」
カイルの口は真逆のことを言葉にした。
「僕のことを馬鹿にしているのか!」
イストファーンは言葉を叩きつけて去っていった。


 カイルは立ち尽くしたまま、ため息をついた。
…まただ。
今のような言い方をすれば誰だって怒る。しかし、カイルとて何も嘘を言ったわけではない。
いつもそうだった。軽い口調でならどんなに歯の浮くような睦言だって言えたのに、「本音」を言おうとすると軽口で逃げてしまう。
緩い笑みで飾って、言葉で逃げて。…だから「カイルの本心」は誰にも伝わらない。
 本当は、あなたが大切で、愛しくてたまらないから。
 怖かったんですよ。あなたを失ってしまうのかと思って。
 言い過ぎました。でも、もうやめてくださいね?
 怖いのは、本当なんですから……
誰もいないところで呟いても、誰にも伝わらない。

 「…ま、王子離れするいい機会かな。ゲオルグ殿もいらっしゃるし、王子も強くなられたし…大丈夫っしょ」
カイルは小さく頭を掻いて…自ら水の紋章を使った。

 自分の存在を自分で否定した。


 王子にはもう、俺なんて必要ないんですよね。




続きます