おつかいへ(1)


 「ううむ、まいったなぁ……」
父がため息をついている。
「ちちうえ、どうしたの?」
幼いイストファーンは小首を傾げて尋ねた。
 「いやなー、今日、新しく女王騎士になる者が来るのだが…父さんうっかりして額当ての納品日が早まったことを伝えるのを忘れていてな。…ま、おおかたできているだろうが、取りに行く方が早いだろう?それで、誰に行ってもらったものか…とな……うーむ……」
父はあごひげをこすりながら唸っている。
こんなに困っている父をなんとか助けて差し上げられないか。幼いイストファーンは一生懸命考えて…「はい」と手を挙げた。
「ちちうえ、ぼくいくよ?」
「おお、イストが行ってくれるのか!場所はいつも行ってる防具屋だ…じゃないじゃない。イスト1人で行かせるのは父さん心配……あ、そうだ。イスト、ちょっと待ってなさい」
「はぁい」
 イストファーンはいそいそと出て行った父を待った。
かなり待ったが、父はいっこうに戻ってこない。
 父は“いつも行ってる防具屋”と言った。あそこならイストファーンも道を知っているし、店員もイストファーンのことを知っているから額当てを預けてくれるだろう。
…こうして待っている間に新しい女王騎士が来てしまっては大変だ。イストファーンは出かけることにした。
「えっと…ぼうぐやで、じょおうきしの、ひたいあて……」
よし、覚えた。
イストファーンは胸を張って出かけることにした。


 それからしばらく後。
「イストー、カイルがいなかったからミアキスと行ってきてくれるかー?」
フェリドはミアキスを連れて戻ってきた。…が、そこにイストファーンの姿はなかった。
「フェリドさまぁ?王子、いらっしゃいませんよぉ?」
「イストー?イストファーンやー?…もしやっ!?」
フェリドは戸棚の陰や机の裏を見回ってみた。別に普段そんなところにイストファーンが隠れているわけではないが…どこにもいない。ふと、思い当たるふしを思い出したフェリドはさーっと青くなった。
待ちくたびれたイストファーンはすでに出かけてしまったのではないか。とりあえず今ならそう遠くには行っていないだろう。ミアキスなら十分追いつけるはずだ。
「ミアキス!悪いが…ってミアキスーー!?」
フェリドが振り返ったらミアキスもいなかった。遊んでいるリムスレーアを侍女に押し付けたことが仇になったか。
フェリドは混乱した。とりあえずまずイストファーンを連れ戻すべきか。こうなったらもう自分が行こう。そう思ったが…
衛兵がやってきた。
「騎士長閣下、アレニア様が到着なさいました」
(早――――――ッ!!!)
アレニアの到着は午後になるという連絡があったはずなのに、まだ昼食までかなり時間がある。
フェリドは天を仰いだ。…もうフェリドにできることは、息子の初お使いが無事に終わることを祈ることだけだった……



 イストファーンが太陽宮の廊下を歩いていると、リムスレーアと出会った。
「あにうえー、どこにいくのじゃー?」
「えっと…ぼうぐや……じょおうきしの、ひたいあて。くださいって……」
「リムもいく!」
「リムはたいようきゅうからでたらだめだからだめだよ」
「いや!リムもあにうえといく!」

 うー……

 幼い兄妹のにらみ合いはしばらく続いた。
 …ふいにイストファーンは走り出した。リムスレーアはまだ小さいから十分振り切れる。リムスレーアもがんばってイストファーンを追いかけるが、リムスレーアとイストファーンの距離はどんどん開いていく。

 …ぽてん。

 「…ふ……うええええー……いたいよぅー……」
転んだリムスレーアが泣き出した。
ここでそのまま走りきってしまえば、イストファーンはリムスレーアを振り切ることができた。…が、イストファーンはそこまで薄情にはなれなかった。
イストファーンはかなり悩んだ。リムスレーアにかまっている場合ではない。そうではないのは重々わかっているが……イストファーンはそろそろと後戻りし、泣いているリムスレーアを助け起こす。
「リム、だいじょ」
「つかまえたーっ!」
「……」
やられた。してやられた。置いていこうにもしっかり抱きつかれてしまってはどうしようもない。…一度フェリドのところに戻ろうか。いや、早くしないと女王騎士が来てしまう。
それにしても、いつもリムスレーアの背後にぴったりとくっついているはずのミアキスは一体どこで何をしているのか……
 と、ミアキスを責めてみても仕方がない。ようやくリムスレーアを引き剥がしたイストファーンはリムスレーアと手を繋ぎ直す。
「リム、やくそく。ぜったいてをはなしちゃだめだよ?」
「はーい!」
今の今まで泣きべそをかいていたはずのリムスレーアは、元気よく手を挙げた。



 (あああイスト……父さんかなり心配……)
フェリドは上の空でアレニアの面接をしていた。ちらちらと窓の外を見てはまたアレニアに視線を戻す。…を繰り返していた。
「…あの、騎士長閣下殿?」
アレニアも落ち着きに欠けるフェリドに不信感を募らせていた。
「あ…あぁ、すまない。…しかし、さすがゴドウィン卿の推薦だな。君の誠実さ、忠義心は素晴らしい」
フェリドが取り繕うように笑い、そう言った瞬間だった。アレニアは目を輝かせ、すっくと立ち上がった。
「ご理解いただけましたか!ゴドウィン卿はそれはそれは素晴らしい(以下割愛)」
 アレニアは彼らの素晴らしさについて、熱に浮かされたように語り始めた。
あーしまった。踏んではいけないところを踏んだなー…俺。これからアレニアの前では“ゴドウィン卿”とは言わないようにしよう…と思いつつ、これを止めるとまたフェリドが話をしないとならなくなるので、しばらく暴走させておくことにした。今のうちにイストファーンを連れ戻す策でも練ってみよう。フェリドがそんなことを考えていると、ミアキスがやってきた。
「ミアキス!?おまっ……!」
「フェリド様大変ですぅ!姫様がどこにもいらっしゃらないんですよぉ!!」
「はい!?」
ただでさえイストファーンがいないのに、リムスレーアまでいなくなったとはどういうことだ。フェリドの胃がきりきりと自己主張を始めた。…アレニアの会話を邪魔しないよう、フェリドはミアキスを小声で叱った。
 「お前はリム専属の護衛だろう!何をやっておるか!!」
「フェリド様がかくれんぼの最中に私を引っ張っていくからでしょお!!」
そう、ミアキスをイストファーンの護衛につけようと決めたとき、ミアキスはリムスレーアとかくれんぼをしていた。その最中にフェリドはたまたま近くを通りがかった侍女に「しばらくリムと遊んでやってくれ」と告げただけである。多分リムスレーアはまだミアキスと遊んでいるつもりだろうし、侍女はリムスレーアを見つけられなかったのだろう。
「…そうか。とにかく、人手人手人手……ザハークを呼べ!」
「ザハークさんなら夜勤明けでいらっしゃいませんよぉ」
「じゃあガレオン!」
「一昨日からレルカーに出張中ですぅ」
「カイルはっ!?」
「朝から姿が見えませんねぇ」
(あんの馬鹿イルめーーー!!)
フェリドは内心絶叫した。完全に八つ当たりである。

 「で、ゴドウィン卿の素晴らしさ、ご理解いただけましたか?」
突然アレニアのスイッチが“正常”に入った。爽やかに微笑むアレニアに対し、フェリドも爽やかに笑った。
「すまん、全っ然聞いてなかった」



 「王子殿下、お外へはお1人で行かれてはいけませんよー」
衛兵に注意を受けたイストファーンは、
「あのね……ぼうぐやに、じょおうきしの、ひたいあて……」
「…を取りに行かれるのですか?」
こっくり。
イストファーンが頷くと、衛兵はあっさり通してくれた。
「そういうことならば、お気をつけて。姫様もいってらっしゃいませ」
「うむ!」
衛兵の手によって扉が開かれる。イストファーンとリムスレーアは並んで外に出て…あまりにものまぶしさにしばらく歩くことができなかった。

 「あにうえー、リム、おそとをじぶんであるくのははじめてじゃー」
「そうだね。…リム、かってにはしっちゃだめ」
嬉しさのあまり駆け足になりかけるリムスレーアのことを引き戻したイストファーンは、少しどきどきしながらリムスレーアの速度にあわせて歩く。
見知った道も、今日はなんだか違って見えた。
 「あっ!あにうえ!にゃーがいるのじゃ!」
「にゃーじゃないよ。ねこだよ」
「ねこ?…ねこ、ねこ……」
「ぼうぐやで、じょおうきしの、ひたいあて……」

 ぶつぶつぶつぶつ……

 呪文のように何度も同じことを唱えながら歩く幼い兄妹の姿はほほえましいものだった。
衛兵も貴族も2人の姿を見ておきながら、どうして幼い兄妹が護衛も連れずに外を歩いているのか、尋ねる者はいなかった。
イストファーンとリムスレーアが手を繋いで歩く姿があまりに愛らしくて、咎める気持ちより見守りたい衝動にかられたのだ。
 城下町に入ると、2人が声をかけられる機会は更に減った。気にする者は居たが、彼らは王族に関わらずとも生活していける。皆、自分の生活を優先させるか、もしくは“王子と王女が供もつけずに街を歩いているはずがない。他人の空似だろう”としか考えていなかった。
 しばらく後。イストファーンとリムスレーアは無事に防具屋までたどり着いた。
イストファーンが子供にとっては重いドアを押し開けると、からんころんとドアベルが鳴った。
「いらっしゃい!…おや王子様に姫様!?お父上はいらっしゃらないんですか!?」
恰幅の良い、前掛けをした男…防具屋の主人は妻を呼びつけ、飲み物を用意させた。
「ちちうえ、いそがしいの。えっと…じょおうきしの、ひたいあて、ください」
「…あぁ、先日ご注文頂いたあれですね?はいはい、用意しますからちょっと待ってくださいよー」
 「さぁさ、お二人とも、遠かったでしょう。少し休んでいってください」
防具屋の妻は部屋の片隅に置いてあるテーブルにジュースを置いた。イストファーンはリムスレーアを椅子に座らせてやった後、自分も隣に座る。
リムスレーアは嬉しそうにジュースを飲んだ。
「おいしいのじゃー!」
「よかったね、リム。おばさん、ありがとう」
「ありがとうなのじゃー」
「いえいえ、つまらないもので申し訳ないですよぉ」

 2人がジュースを飲み終わった頃、ようやく奥に引っ込んでいた防具屋の主人が戻ってきた。
主人は持ってきた箱を開けて、中身を見せてくれた。黒い帯の、精緻な模様の飾り金…確かに、父を始め、女王騎士たちがつけているものと同じものだった。
「はい。お代はつけときますからね。重いから気をつけてください」
主人は箱を閉めると、布の袋に入れてイストファーンに持たせてくれた。主人の言うとおり、ずっしりと重い。イストファーンは袋をぎゅっと握り、リムスレーアの手を引いて、防具屋の夫婦にきちんと挨拶をして防具屋を出た。
「あにうえー、やったのじゃー」
「ちちうえ、これでだいじょうぶだね」
イストファーンとリムスレーアは顔を見合わせ、ほーっとため息をついた。



続く。