ラブ・チアーズ


 ある日イストファーンがゾディアーク城の中をぶらぶらと歩いていると、カイルとミアキスが壁にはりついているのを見つけた。
「…2人とも、何やってるの?」
半ば呆れが入ったイストファーンの声に、振り返ったミアキスが「しっ!」と指を口に当て、カイルが壁の向こう…ホールを指差した。
イストファーンは特に意識することなくカイルの指が示す方を見た。
 「…なんだ、ゲオルグじゃない」
「“なんだ”じゃないですよぅ!」
「王子、もっとよく見て!」
ミアキスとカイル、両方からひどく責めたてられたので、改めて…今度は少し「見る」ことに重点を置いてホールを覗いてみた。

 ゲオルグがベルナデットと話をしている。
…なんだかちょっと楽しそうだ。

 「…ちょっと、意外かも」
「でしょでしょでしょー?」
「ラブですかね!?ラブなんですかねっ!?」
同僚のスキャンダルに、カイルとミアキスはやおら盛り上がっていた。イストファーンの感想にカイルとミアキスはおおいに反応した。
イストファーンの本音としては、…そうくるか。というかんじだった。
ゲオルグは同性から見ても惚れ惚れするほどの美丈夫だが、猛禽を思わせる鋭い瞳が近寄りがたさをかもし出していて、女性と浮いた話に発展したことは聞いたことがない。そもそも、女性がゲオルグに話しかけようとしないのだ(女性女王騎士の面々は臆することなく話していたが、それは同僚だから…だろう)。
 イストファーンは小さく肩を竦めた。
「ゲオルグもベルさんも職務には忠実だから、そういった話じゃないの?」
「いーえ、そんな盛り上がり方じゃないですよあれは。俺の勘はそう告げてます!」
「…あてにならない」
「王子ーーーーー……」
イストファーンがぷいとそっぽを向くと、カイルは笑顔のまましくしくと泣き出した。
 「でもぉ、王子ぃ?私はあのおふたりが仲良くなるのは賛成ですよぉ?」
「…うん、まぁ……ゲオルグも家庭を持っても良い年齢だよね?」
と自分で言ったイストファーンだったが、カイルもミアキスもそろそろ腰を落ち着けても良い年齢ではないか…?と思った。それを言うなら自分もか。リムスレーアは先日結婚したわけだし…と思うと、なんだか平静ではいられなかった。


 というわけで、イストファーンはカイルとミアキスの3人で、イストファーンの部屋で作戦会議を始めることになった。一体何の作戦会議だ。イストファーンは2人に尋ねてみたが、それは軽く無視された。
「お二人はどこにお住まいになられるんでしょうねー?」
「子供は男の子と女の子、1人づつ…ですよねぇ?」
「……いや、僕らがゲオルグたちの将来を設計してもしょうがないから」
「あそうか、まずイーガン提督を納得させないと。ベルさんって提督の末娘さんでしょー?きっと、“娘が欲しければわしを倒してみろ”とか仰るんじゃあ」
「ゲオルグさんならきっとそのあたりは大丈夫ですよぉ。むしろ“オベルに住むことが条件だ”とか言われたときが大変っていうかぁ……」
「……いや、だからね?まだそこまでにも至ってないから……」
イストファーンは少し頭が痛くなってきた。この2人の暴走は放っておくとどこまでも止まらない…と、思った。
 …しかし、よくよく考えたら絵になる。
かたや、ファレナの女王騎士。かたや、オベルの提督補佐。ゲオルグが先陣きって敵をなぎ倒し、傷ついたらベルナデットが紋章を使って癒す。なんだか息が合いそうだ。
ゲオルグは堅苦しいのは嫌いと言うが、ああ見えて案外面倒見はいい。
ベルナデットは女性ながら気さくで飾らないし、軍に所属しているからゲオルグを怖がることもないだろう。
 「カイル、ミアキス。僕だまされてるのかな………」
「ほらっ!イケるでしょ!!…でも実際、フェリド様はゲオルグ殿に見合いを勧めてらっしゃいましたしねー…」
カイルはさわやかに笑った後、椅子に座ったまま大きく伸びをした。
「あー、すごかったですよねぇ。“ゲオルグ、お前も嫁をもらえ!嫁はいいぞぅ、心のオアシスだ!さぁお前なら選り取りみどり、目をつぶってすきなのをひけ!”とか仰って貴族諸侯の姫君の肖像画をずらっと100枚ほど…ねえ」
ミアキスはほんわり、笑いながら手を合わせた。
(父さん……僕は父さんの価値観を疑いそうです……)
「あれ、絶対面白がってたよー?」
「ええ、絶対面白がってましたぁ!」
「…で、その延長でカイルとミアキスも面白がっているわけだね?」
イストファーンはようやく、そうつぶやいた。
 カイルとミアキスが面白がっているのはこの際置いておくとして、イストファーンもゲオルグとベルナデットが仲良くなることに異論はない。
信頼を寄せている2人だからこそ、幸せになってもらいたい。……イストファーンの場合、あくまで本人たちの希望があれば。の話なのだが。
とにかく、ゲオルグとベルナデットの話を聞いてみようか。カイルの案に賛成だったので、とりあえず2人のもとに行ってみることにした。



 「好みの男性のタイプ…ですか?あのぅ、それは何かに関係あるのですか……?」
ベルナデットはかなりうろたえながら質問してきたが、誘導尋問を得意とするミアキスにかかれば聞き出すことなど造作もない。
「人間、好きな人の前だとがんばろうって気になるじゃないですかぁ。それを踏まえて部隊編成をすれば勝利間違いなし!姫様をお助けする近道になるのですぅ」
「なるほど……一理あります。さすが女王騎士ですね」
「あははー、褒められましたぁ」
「好みの男性……やはり、直接戦に出られる方が良いですね。後方支援の重要性も理解しているつもりですが……あと、私よりも背の高い方だと……」
「わかりますぅ。…はぁい、ありがとうございましたぁ〜」
ミアキスは遠巻きに様子を伺うイストファーンとカイルに対して小さくガッツポーズをしてみせた。
一方、こちらは切り出すタイミングすら見つかっていない。

 「ゲオルグ殿ー、結婚とか考えられてませんかー?」
「考えていない」
「じゃあ、好きな女性とか……」
「お前に言う必要がどこにある」
「……どこにもありませんね……」
ゲオルグは不機嫌そうな顔でチーズケーキを口に運んでいる。カイルは困ったようにイストファーンを見た。
「……ゲオルグ、ベルさんのことどう思う?ゲオルグの判断を聞きたいな」
イストファーンは小さくため息をついた後、ゲオルグに尋ねてみた。ゲオルグは少しだけチーズケーキを食べるのをやめた。
「ふむ。彼女はイーガン提督の娘ということを差し引いてもできた人物だと思うぞ。聡明だし、紋章魔法は素晴らしい。…それに……」
「それに?」
「……いや、忘れてくれ」
「そこが気になるんじゃないですかーーーー!!」
カイルが大声を出したが、ゲオルグは全く動じない。再び黙々とチーズケーキを食べ始めた。…これ以上は追求しても出てくるものはなさそうだ。イストファーンはうじうじと未練がましくゲオルグに訴えかけるカイルを引っ張って、ミアキスと合流した。



 再び、イストファーンの部屋…もとい、作戦本部。
ミアキスのメモとイストファーンのメモ。それらを読み、考察した結果。
ゲオルグとベルナデット、互いのことをまんざらでもない。と思っているらしい。
 「やっぱりそうだったのかー……後一押し、ってかんじですよねー」
「はい、そうですねぇ〜」
「正直、ここまでだったなんて…思ってなかったよ……」
本人たちの話だけではない。関係各所に聞いてもそれらしい話が出てきた。イストファーンとしては、なんだかゲオルグに秘密を作られたようで少しさみしい気持ちもあったりする。
 「後は…定石で言えばデートを経験して…それから……」
「ええー?“それから”は結婚してからでしょぉ?」
「え?案外ミアキス殿ってかたいんだー。ミアキス殿ならわかってくれると思ったのにー」
「カイルさーん、自分に対する免罪符にしか聞こえませんよぉ?」
「……何の話?」
「ああ、王子はまだご存知じゃないほうがいいです。お望みとあらば手取り足取り教えてさしあげますけどねっ!」
「いや、いい……」
これは知ってしまうと多分ろくなことにならないぞ。イストファーンの本能が警鐘を鳴らしたので、ここはおとなしく引き下がっておくことにする。
ミアキスはにっこり笑ったままカイルの鳩尾に肘を叩き込んだ。
「そうですねぇ、王子は私達のアイドルですからぁ、できるだけ長い間ピュアでいてほしい。っていうのが本音ですよねぇ」
「うぐ…ぐ……」
防具でダメージは軽減されるとは言え、その分ミアキスは力を込めたらしい。カイルは脂汗をかきながら悶絶していた。
 「…でも、ミアキス?カイルが言うみたいにデートに持ち込むとしても……どこに?」
王都ソルファレナは敵の本拠地だし、今のロードレイクはとても風光明媚な場所とは言えないし(第一遊びに行ったら住民が困惑するだろう)、レルカーもいい場所だが一部焼失している以上楽しい気分にはなり得ないだろうし、レインウォールは未だゴドウィンの占領が続いている。セーブル・ドラート・サウロニクスは「デートスポット」という意味合いからは少し離れているように思われる。
「うーん、エストライズが一番いいでしょうねぇ。ただ、そのまま群島に帰られないように見張る必要はアリかもしれませんけどねぇ?」
ミアキスはいつの間にか地図を片手に悩んでいたようだ。…いつもながら仕事が早い。
「エストライズって言えば、アレでしょ?1日10ホール限定生乳レアチーズケーキがめちゃくちゃ美味いって有名……」
カイルが言ったその瞬間、“ばたんっ!”と激しい音がして、作戦本部のドアが崩壊寸前の勢いで開いた。
そこにはゲオルグが立っていた。隻眼に尋常ではない光が宿っていた。
 「今の話…本当なのか……」
イストファーンとカイルとミアキスは息を呑んだ。……斬られる! ゲオルグの表情はまさに敵に対して抜刀・斬撃を繰り出す瞬間を窺っているときそのものだった。
カイルががくがくと頷くと、ゲオルグは俯いた。
なんだなんだどうした?とイストファーンとカイルとミアキスが顔を見上げたその瞬間……
「俺としたことが食い損ねたっ!!」
ゲオルグは風になった。
さすが、「女王騎士に召致される際、“標準装備としてチーズケーキ×6が支給される”とフェリドに言われたのが決定打だった」とか、「彼の動力源はチーズケーキだ」と噂されるほどのチーズケーキ好きである。
 イストファーンは微妙な…それはそれは微妙な表情で、カイルとミアキスに意見を求めた。
カイルは無言で首を横に振り、ミアキスはうなだれたまま手をひらひらと左右に振った。



 その、翌日……

 「……瞬きの手鏡が、ない」
道具袋の整理をしようとしたイストファーンは、青くなった。昨夜までは確かに「大事なもの袋」の中にちゃんと入っていた。自分が眠っている間に何があったのだ。
おくすり1つ、いや、下位魔法の封印球1つくらいくすねられていてもイストファーンは責めるつもりはなかったが、この世にふたつとない瞬きの手鏡がなくなったとあればそうはいかない。自分の管理能力の甘さがこんな事件を引き起こしたのか。イストファーンは非常に申し訳ない気持ちになった。
とりあえず、ビッキーにどうすればいいか相談してみよう。あれは元々ビッキーから託されたものだ。
イストファーンは半ば転げ落ちるように階段を下りた。
 「あれー?王子さまー?そんなに慌ててどうしたのー?」
「ビッキーごめん!僕、また、また、また……」
「たまたまぁ?」
「違うそうじゃなくってまたた……」
「またたぁ?」
 「イストファーン、どうした?」
「ああゲオルグ大変なんだよ!瞬きの手鏡がなくなっててそれでどうしようってとりあえず…」
「……あぁ、すまん。寝てるのを起こすのも悪いと思って黙って借りていった」
は?
唖然とするイストファーンの手の上に、ゲオルグは手鏡を乗せた。
え?
「すいません王子、少し急ぎの用だったもので、書き置きでもして行けばよかったんですが」
ゲオルグの隣でベルナデットがイストファーンにぺこりと頭を下げた。
「だって1日10ホール限定ですものね?おいしかったですよねぇ……」
「うむ。至福の時間を過ごせたな。ベルナデット殿、またお付き合い願えるか?」
「ええ、勿論です。ゲオルグ殿、そのうち別の良いところを教えてくださいね」
ゲオルグとベルナデットはひどく幸せそうな顔をして何かの感想を語っていた。

 「あそうだイストファーン。これ、手鏡の礼だ」
ゲオルグは白い箱を差し出した。
(……なんだ。2人とも、仲いいんだ……)
上機嫌で次の目的地へ去っていくゲオルグとベルナデットの背を見送りながら、イストファーンは思った。


 箱の中身は例の「1日10ホール限定生乳レアチーズケーキ」…の、6分の1ホールだった。
それをカイルとミアキスとイストファーンできっかり等分して頂くことになった。…イストファーンが思うに、この6分の1ホールはゲオルグとベルナデットの罪悪感だったのではなかろうか。
「やべ!これ超美味い!!王子いらないんならくださいっ!」
「…やだ」
カイルがフォークを伸ばしてきたので、イストファーンは明後日の方向を向きながらカイルから自分の皿を遠ざける。
 「王子ぃ、明日私たちも買いに行きましょうねぇ〜」
ミアキスが言ったその瞬間、“ばたんっ!”と激しい音がして、作戦本部のドアが崩壊寸前の勢いで開いた。
そこにはゲオルグが立っていた。隻眼に尋常ではない光が宿っていた。
 「今の話…本当なのか……」
イストファーンとカイルとミアキスは息を呑んだ。……斬られる! ゲオルグの表情はまさに敵に対して抜刀・斬撃を繰り出す瞬間を窺っているときそのものだった。
イストファーンがこっくりと頷くと、ゲオルグは俯いた。
なんだなんだどうした?とイストファーンとカイルとミアキスが顔を見上げたその瞬間……
「俺も行くぞ!」
ゲオルグはそれはもうさわやかに宣言し、去っていった。

 「王子ー、それとなんですけどねー。ゲオルグ殿とベルさんのラブ疑惑」
「あの2人、放っておいてもいい関係になるんじゃないの?」
イストファーンはカイルに対して首をかしげてみせた。
「なんかー、ベルさんもチーズケーキが大好きみたいですよ?…ただ、それだけ?」
「そうなんだ!?」
「なんていうかー、“チーズケーキは国境を越える”ってかんじですよねぇ?」
ミアキスがくすくすと笑った。

 その後、誰の口からも「ゲオルグとベルナデットはできているんじゃないのか?」という言葉は出てこなかった…そうな。



*****言い訳
 ゲオルグの初期装備がチーズケーキ×6でベルナデットの初期装備がレアチーズケーキ×6?だったので、案外話が合うんじゃないかと。
…わたしがベルナデットが好きでベルナデットを出したかった……だけとも。
個人的にはゲオルグ×ベルナデットはアリかもと…でもゲオルグはサイアリーズかなあ……とも思う。


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