手合わせ


 太陽宮の中庭。

 イストファーンとリオンが互いの武器をぶつけあっている。
もちろん、互いの武器は大怪我をしないよう、練習用のものを使っている。

 「たああっ!」
イストファーンが連結式三節棍を短く折り、距離を詰める。
「やあっ!」
リオンが長巻で払いにかかったが、イストファーンはそれを難なくかわしてみせる。
そんな2人に間延びした声で指示を出すのはカイルである。今日はイストファーンとリオンの手合わせに、カイルが指南をしているという形だ。
 「リオンちゃん、少し早いよー。もっと王子をよく見てー」
「はいっ!」
「王子ー、手を休めると反撃が来ますよー。動作の流れに気をつけてくださーい」
「うんっ!」
カイルの見立てでは、今はリオンの方がやや技術が上だが、もう少し2人が成長したら体格の差でイストファーンが優位に立つだろう。
正式な女王騎士から見れば2人の腕前はまだまだ拙いが、見ていて気持ちの良い打ち合いをする。
 イストファーンが半歩踏み込んだ…と見せかけ、体を引いた。リオンはイストファーンを牽制するため長巻を突き出したがそれは完全に空を凪ぎ、リオンはイストファーンに背を晒す形になる。
イストファーンは好機ととりそのまま打ち込みにかかるが、身を小さくして突きをやりすごしたリオンは長巻の柄をイストファーンの脇に叩き込んだ。イストファーンは声を詰まらせ、そのまま地面に体をしたたかにぶつけた。
 「そこまで!…王子っ!?」
倒れたイストファーンが起き上がらない。リオンを制したカイルはイストファーンに駆け寄った。


 「ったたた……まさかああするって思わなかったよ……僕、勝った。って思ったんだけどなぁ……」
カイルの手を借りてようやく上体を起こしたイストファーンは苦笑してみせた。
「王子、けっこう強くぶつけたでしょー?痛みませんかー?」
「そりゃ痛いよ。…でも、ちょっと休んだら大丈夫……」
「王子すいませんっ!!わたし、ついかっとなってしまって……」
しゅんとしたリオンはぺこぺこと、かわいそうになるくらいイストファーンにおじぎをする。イストファーンはそれを遮った。
「いいよ。それ承知でやってるんだしね。それ言ったら父さんなんかひどいよ?やたら嬉しそうな顔で僕のことやっつけようとするんだから」
フェリドは最近イストファーンを鍛えるのが趣味らしく、イストファーンが嫌にならない程度に痛めつけておいて、“どうだ、父さんは強いだろう”と言うのが楽しくて仕方がないそうだ。
「ですが…」
リオンは主君に手ひどい反撃をしたことを異常なくらい気に病んでいる。
イストファーンは臣下の、それも女の子に土をつけられたことを不快に思ったりそれを理由に咎めたりするつもりはない。
…最も、決まり手は練習に用いるべきではない手であったかもしれないが、戦争で生き残るためにはフェミニズムもへったくれもない。リオンは騎士見習い故にそういうことを想定して訓練しているのだろうから、とっさに出るのも仕方のないことだとイストファーンは思う。
 「そうそう。王子も男の子ですからねー、そうやってみんな大きくなっていくんですよ。だからリオンちゃんはもう気にしないで」
「はい……」
泣きそうな顔をして俯くリオンの肩をカイルがぽんぽんと叩く。そして、イストファーンに向き直った。
「さて、念のため今日はこのくらいにして、王子は今からお医者様に診ていただきましょうねー。俺、お供しますよ」
「わ、わたしも行きます!王子に何かあったらフェリド様に申し訳ができません!」
「カイルもリオンも大げさだよ。こんなの、いつも父さんに……つっ!?」
左手を支えに立ち上がろうとしたイストファーンだったが、その左手を地面についたとき、ずきんと痛みが走った。予期していなかったので、思わず顔を顰めてしまう。
「ほら、言わんこっちゃない。ちょっとみせてください?」
言うが早いか、カイルはイストファーンの左手をとり、手首の関節をゆっくり、色々な方向に動かす。
「王子、どこか痛みますか?」
「ううん……だいじょうぶ。違うところがひりひりする……」
ようやくイストファーンは言った。
 よくよく考えたら、今イストファーンの目の前にカイルの顔があって、カイルはいつになく真剣なまなざしでイストファーンの手をみている。普段見たことのない角度からだとなんだか新鮮だし、そしてカイルの手がイストファーンの手に触れている。嬉しいのでもなければ恥ずかしいのでもない、非情に説明しづらい感情がイストファーンの中に渦巻いていた。
イストファーンは苦し紛れに、カイルの手はフェリドの骨太なごついかんじと違って、大きいけれどほっそりとした指の、どことなく中性的…というのだろうか。きれいな手だな…とどうでもいいようなことを考えてみたりする。
 「あ、血が……」
リオンがイストファーンの左手の小指の付け根あたりからの出血を指摘した。擦り傷故に血の出ている面積は広いが、薄く表皮を剥いただけなので傷自体は浅い。
どうやら、さっきから続いているひりひりはこのせいらしい。
カイルはふっと安堵のため息を漏らし…
「こんなの、なめときゃ治りますよ」
と言って、
「ひゃ……っ!?」
イストファーンの傷口を、ぺろりと舐めた。

 「カイルさまぁ〜〜〜〜〜?」
リオンは練習用ではなく実戦用の長巻を手にしていた。

 「じょ、冗談冗談…ぼ、暴力反対〜〜〜っ!」
「そんなことしてっ!王子が腐ってしまったらどーされるんですかっ!」
「何気にリオンちゃんひどっ……ってか武器はなし!俺、略装なんですけどーーー!?」
リオンからの殺気を感じたカイルはばたばたと逃げ出し、逆上したリオンが長巻を手にカイルを追い回す。
「問答無用ッ!天誅ーーーーーっ!!」
もはやカイルもリオンも自分の目的に手いっぱいで、イストファーンのことなど完全に忘れている。

 (……びっくり、した)
イストファーンはどきどきしながら傷口に目を落とす。傷口からは再びじくじくと血がにじんできていた。
一瞬の出来事であったが、それはイストファーンの胸の内に妙な感情を残していった。どうしてカイルはあんなことをしたのだろう。
 イストファーンはカイルの真似をして、自分の傷口を舐めてみた。……口の中に血の味が広がるばかりで気持ち悪いだけだった。
だからなおさらカイルの行動の意味がわからない。
「王子っ!カイル様の真似なんてなさらないでくださいっ!!」
「え!?あ、ごめん……」


 この後イストファーンは憤慨したリオンに医務室に強引に連れて行かれ、消毒液一瓶の洗礼を受ける羽目になった。



*****言い訳
 カイル×王子。やっぱり王子の方がカイルをだいぶ意識してるような…一方カイルは主君+弟に微妙に友達…くらいのあっさりした感情しかなさそうですね。
リオンが王子にぺこぺこ謝るのは、幽世の門の記憶があるからです。殺しちゃうかも…って思ったというか。
余談ですが、下書きのときはカイルは丸腰でした(笑)。この不良騎士め……!!


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