兄上地位向上計画


 リムスレーアは怒っていた。
とてつもなく、怒っていた。
ちなみに、怒られているのはイストファーンである。

 「兄上はくやしゅうないのか!あのような雑魚貴族どもに“能無し”だの“穀潰し”だの言われて…それでよく黙っておるの!」
「事実だよ。長子なのに男だから王位も継げないし…リムが生まれるまでは僕のせいで母上まで悪く言われていたんだよ」
「なさけないのぉ!兄上は素晴らしい方なのじゃ!学も武術もわらわよりよほどできて、御顔もきれいでお優しくて…」
「僕はリムや父さんや母上がわかってくれるだけ十分だよ?」
「う…ではないのじゃっ!」
一瞬、自分に向けられたイストファーンの困ったような笑みに気圧されかけたリムスレーアだったが、踏みとどまって机の脚をけっとばした。
 「兄上はそうかもしれぬが、わらわはくやしい!くやしくてたまらないのじゃ!尊敬する兄上を悪く言うなんて…わらわが女王であったら全員まとめて国外追放にしてやるところじゃ!」
「リム、言って良いことと悪いことがあるよ。女王候補者として…」
「そ・れ・が・い・か・ん・の・じゃ!兄上とて王族の一員、何も恥じたり卑屈になる必要はないのじゃ。さきほども申したように、兄上には才がおありじゃ。それをちらっと見せてやればよいのじゃ」
ふん!と鼻息荒く言い切ったリムスレーアは、困惑の表情を浮かべたまま手を上下させるイストファーンのことなど全く見えていない。
 「というわけで!」
リムスレーアはイストファーンの手をとる。
「兄上地位向上計画の発動なのじゃ!」
高らかに言い放ったリムスレーアは、空いた手で今は見えない太陽を指差すのだった。



 貴族たちはリムスレーアに自分を印象づけるため、イストファーンのことをよく比較の対象に持ち出した。
「王子殿下に比べ、王女殿下は素晴らしい」だの、「自分は王子殿下より余程有能だ」だの…その度リムスレーアは相手を挑発し、ひっこみがつかなくなったところにイストファーンを連れてきてその者たちと勝負させた。
結果は言うまでもない、イストファーンの連戦連勝だ(もちろん、勝負の際には兄が手を抜かぬようリムスレーアが無言の重圧をかけた)。
手合いとなれば騎士長フェリドが直々に教えを授けたイストファーンに敵うはずもなく、問答となれば女王アルシュタートが直々に教えを授けたイストファーンに言い負かされる。
そこまではリムスレーアが描いたシナリオそのままに事が進んだが、かと言って全部が丸く収まるわけではない。
能はないが欲はある貴族たちは、十人居れば五人が「王子殿下の手前、あえて手を抜いた」と言い、三人は「何かの間違いだ」と言い、一人は「王子のくせに反則だ」と言った。イストファーンに負かされてイストファーンの素晴らしさに気付く者はほんのごくわずかでしかなかったのだ。

 「むー…何がいかんのかのう……」
リムスレーアは、部屋の中を歩きながら腕を組んで唸った。
「人って、“他人に劣る”というのは認めたがらないんだよ。特に、自分より劣っていると思っている相手にはね」
リムスレーアよりほんの少し早く生まれたイストファーンは、リムスレーアより世の摂理をほんの少したくさん知っていて、リムスレーアよりほんの少し自分の人生について諦めを持っていた。
 「そんなことはないぞ!全くの無駄、というわけではなかったのじゃ!」
「僕がこの数日で相手をしたのが67人。そのうち素直に負けを認めたのは?」
「6人…」
「そのうち、僕に謝罪したのは?」
「2人じゃ……」
イストファーンは息を吐き、わずかに表情をきつくした。
「リム、もうやめようよ。僕はリムや父さんや母上の力になりたいから勉強したり鍛錬したりしてるんだよ?誰かを押さえつけるためじゃない。それに、ファレナは代々女王の治世のもとで栄えてきた国だから、僕が蔑まれるのは仕方ないんだよ…」
「弱気になってどーするのじゃ!わらわはただ、他の者にも兄上が愛されたら良いと思ってこうして考えておるのじゃ!わらわ、兄上のためなら努力は惜しまぬ!」
「その考えの原動力って一体なに?リム……」
リムスレーアにはイストファーンが困惑の表情を浮かべて手を振っていることなど全く見えていない。
 「でも……兄上、御顔は母上によう似ておられるのに、どうして男に生まれてしもうたのじゃろうのぅ……もったいない……きっと女であれば、それはそれは素晴らしい女王候補者だったはず……!?」
 ……ん?
 「兄上!リムは良いことを思いついたのじゃ!」
「は!?」
リムスレーアは瞳を輝かせて、もはやリムスレーアの考えに全くついていけていないイストファーンの両手を握り締めた。
「兄上の“兄”の字を“姉”に変えればよいのじゃ!」
「え……ええええっ!?」
リムスレーアの極論の意味を理解したイストファーンが素っ頓狂な声をあげた。
「まったく、どうしてこんなに簡単なことに気付かなんだのかのう……ミアキス」
「はいー、ここにおりますぅ」
リムスレーアがぱちんと指を鳴らすと、今までいなかったはずのミアキスが当たり前のように現れた。しかも、彼女はひらひらした布の塊やきらきら光るものを抱えている。
 「じょ、冗談はやめようよリム…それは女王候補として……というか、人として……」
劣勢を認め、そろそろと後図去るイストファーン。
「往生際が悪いの、兄上。わらわは兄上のためなら努力は惜しまぬ。兄上もわらわのために努力されるがよいのじゃ!…ミアキス、赦す」
「リム、趣旨がずれ…ひっ!?」
「うふふー、王子ぃ、あんまり暴れると痛いことしちゃいますよぉ〜?」
ミアキスはリムスレーアが頷くと同時に持参したものを机の上に置いた…かと思うと、すでにイストファーンの背後に回りこみ、イストファーンの腕をねじり上げた。
こうなっては、イストファーンに勝ち目はない……



 さて、しばらく後……

 太陽宮の廊下を、ミアキスと見慣れぬ銀髪の美少女を引き連れたリムスレーアが、ふんぞり返って歩いていた。
その姿を見た者たちは皆ひそひそとささやきあう。
姫様はさておき、あちらの姫君は何者だ? かような人物、見たことあるか?
貴族も衛兵も関係ない。それを耳にするリムスレーアは、非常に気分がよかった。見たか、これがお前たちがあざ笑ってきたファレナの王子なのだぞと声を上げたいところをぐっと我慢する。
(…リム、やだよ、恥ずかしいよ……)
(王子ぃ、とーってもよくお似合いですよぉ。だから大丈夫です〜)
(そうじゃ!黙っておれば誰も兄上とは思うまい。堂々としておればよいのじゃ)
リムスレーアとイストファーンとミアキスは表情を変えぬままにひそひそと声を交わす。
 そのうち、貴族らしき男が一人、リムスレーアたちに近づいてきた。
「ご機嫌麗しゅう、姫様」
「うむ、苦しゅうないぞ」
「姫様、そちらの方はどなたでしょう?女王様によく似ておいでですが…」
「こちらは、わらわの姉上じゃ。姉上は生まれつき体が弱い方でのう、ルナスで養生していらっしゃったのじゃ。此度は母上に目通りに来られたので、わらわが案内してさしあげておったところじゃ」
リムスレーアはにこやかに嘘八百を少しも言いよどむことなく言ってやった。
(よくもまぁ、そこまで思いつくよ…)
(わらわにとってはこんなもの、社交辞令のようなものじゃ)
 「それはそれは…是非、姫君のお名前を…」
「な!?名前とな!?」
しまった。そこまで考えていなかった。リムスレーアの声は想定外の出来事を前にひっくり返ってしまった。
 が。
「はい、アルフィエーラ姫。と仰いますぅ」
絶妙のタイミングでミアキスが助け舟を出した。
(ナイスフォローじゃ、ミアキス!)
(うふふー、すぐバレちゃったらおもしろくありませんものねー…)
(完全に遊んでるでしょ?2人とも……)
リムスレーアとミアキスは小さく親指を立てて拳を突き出すが、愚鈍な貴族は全く気付いていない。それどころか、眉をひそめるイストファーン(今はアルフィエーラ姫か)の手をとり、自分の売り込みにかかっている。
 それを皮切りに、3人はあっという間に人に取り囲まれる。もう前にも後ろにも進めない。
女装したイストファーン…もとい、アルフィエーラ姫は途端に人気になった。アルシュタート似の容貌に、たおやかで可憐な印象。落ち着いた声で知性溢れる会話をし、ほんの少し困ったように笑う。おまけに「体が弱い」という保護欲をかき立てるステイタス付きだ。
太陽宮はあっという間に大騒ぎになった。噂によれば、某不良女王騎士まで公務をすっぽかして姫君の鑑賞に赴いたというではないか。
それだけ騒ぎが大きくなれば、当然女王の耳にも入る。入らないはずがない。

 「神聖なる太陽宮で騒動を起こす不届き者は誰ぞ!今すぐ出てくるがよい!」

いきなりの真打ち登場に、青くなったのはリムスレーアとイストファーンである。


 その日のうちに「アルフィエーラ姫など架空の存在。本日の出来事はリムスレーアの悪戯」と女王の名前で公式発表が出た。
そのくらい大騒ぎになったのである。



 「だぁ〜っはっはっはっはっは!!死ぬ……笑いすぎて死ぬ……」
げらげらと大声で笑うフェリドの横で、アルシュタートは眉根を寄せた。
そのアルシュタートの前には、リムスレーアとアルフィエーラ姫…もとい、女装をさせられているイストファーンが小さくなっている。
「リムスレーア、何故こんな馬鹿げたことをしたのです?女王候補として恥ずかしくないのですか?」
「はぅぅ…わらわ、兄上が皆に認められないのがくやしかったのじゃ……だから……」
 「……全く。イストファーンもイストファーンです。そなたも分別のつかぬ子供ではないでしょう?」
「……軽率でした」
「アル、俺的にはオンナノコなイストもかわゆくってイケてると思うぞ!いっそこのまま女として育ててみると言うのはどうだ?」
「フェリドの趣味は聞いておりません」
フェリドはイストファーンの肩を抱いて親指を出して拳を突き出したが、アルシュタートはしれっとそれをかわした。
 「よいですか、イストファーン、リムスレーア」
アルシュタートは愛するわが子の肩にそれぞれ手を置く。
「王族たるもの、民を惑わせてはなりません。民を惑わす王は国を滅ぼします。肝に銘じなさい」
「はい……」
「うむ……」
「それに、己に恥じぬ行いをしておれば、見る者は必ず心を打たれ、尊敬を向けるはずです。今は外聞ばかりを気にする者が多いせいでイストファーンも苦しい思いをしていますが…いつか必ず、理解する者も増えましょう。今は、耐えなさい」
アルシュタートは「これで話は終わりです。部屋に戻りなさい」と解放してくれた。



 「あにうえ…すまんかったの……まさか母上に見つかるとは思わなかったのじゃ……」
「いいけど…あんなこと、もう思いつかないでよ?」
「わかったのじゃ……」
リムスレーアとイストファーンは手を繋いで人がいなくなった廊下を歩く。こつん、こつんと2人の足音が重なり合って響いた。
 アルシュタートは「耐えろ」と言ったが、リムスレーアはそれでは許すことができなかった。自分が女王になれば、兄の素晴らしさを訴えれば聞いてくれるだろうか…などと考えていたときだ。
ふいに、イストファーンが足を止めた。
「あにうえ?」
リムスレーアはイストファーンの顔を見上げる。


 廊下の向こう側から、貴族が2人、話しながらやってくる。
「昼間の話、聞いたか?あれ、王子殿下だったらしいな」
「ああ、見たヤツに言わせればさ、“女王陛下そのものみたいだった。”ってさ」
「姫様もひでぇ悪戯するなぁ。…ってかさ、いっそ王子殿下がそのまま女装して女王になっちまえばいいんじゃねぇの?」
「ああ、それ面白いな!実際のところ、姫様より王子殿下の方が才がおありなんだろ?その方がファレナのた……」
「王子殿下!?それに、姫様!!」
イストファーンはリムスレーアの手を離し、一歩、貴族たちに近付いた。

 「神聖なる太陽宮の内で下世話な話題を持ち出さないでいただけるか」

リムスレーアは一瞬耳を疑った。
何を言われても曖昧に笑ってそっとその場を去るイストファーンが、毅然とした態度で貴族たちに向かっている。
 「い、いやだな王子殿下…我々は、王子殿下が素晴らしい方だと思ったから……」
「是非、今後ともよしなに……」
言い訳をする貴族たちに対し、イストファーンは腰につけている連結式三節棍を引き抜き、片方の首元に突きつける。
「…妹に対する罵言。女王とこのファレナに対する叛意有りとみなすが如何か」
 「…し、失礼しましたっ!!」
「すいませんでしたっ!!」

 貴族たちが慌てて帰っていくのを見て、イストファーンは息を吐き、リムスレーアを振り返った。
 「あ、兄上……」
「リム?大丈夫?」
「か……かっこよかったのじゃ!!兄上!リムはやっぱり兄上が大好きなのじゃっ!!」
リムは満面の笑顔でイストファーンに抱きついた。


 貴族に何を言われようが、どれだけ笑われようが。
リムスレーアは知っている。イストファーンはリムスレーアの自慢の兄だ。優しくて、暖かくて、…そして、強い。
「わらわ、皆に兄上のことを認めてもらおうと思ったが…やめじゃ」
「?……急にどうして?」
「だって、兄上の素晴らしさが皆に知れたら、女どもが黙っておらぬ。兄上は、わらわだけの兄上なのじゃ♪」
いいではないか。皆でこの人を分け合うよりも、独り占めしてしまえば。

 リムスレーアは抱きつく腕に力をこめるのだった。



*****言い訳
最終的にはブラコン妹発揮〜ってかんじですね。「兄上は誰にも渡さぬ!」とリオンやカイル(笑)に警戒を強めて欲しいものです。
カイル×王子の際のイストはステータス画面顔で、リムのお兄ちゃんなイストはポリゴン顔だと思います(笑)。
そしてフェリド……この人はこういう、物事を全く重く見ない人だろうなと。好きですよフェリド。息子溺愛希望です。


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