銀色の糸を編む


 髪を、結うこと。


 イストファーンの髪は色こそアルシュタートに似たが、質はフェリドのそれだ。
月光色の毛先はてんでばらばらの方を向いていて、水に濡らして丁寧に丁寧に梳って、ようやく編むことができる。
よって、イストファーンの髪を結うのはある侍女専属の仕事になっていた。
彼女はイストファーンが小さい頃からずっと…毎日毎日飽きることなくイストファーンの髪を結っている。
彼女が編んだ髪は夕刻になっても緩むことがない。だからイストファーンは髪を結わせるのは彼女と決めていたし、朝結ってもらったら夜までけしてほどかなかった。面倒だったからである。



 (でも、誰だろう…男は髪を伸ばして女は髪を切れ、なんて言ったのは)
太陽宮に出入りする者で一定の地位のあると、男は髪を伸ばし女は髪を切った。伸ばしていい女は王族だけで、切っていい男は位の低い者だった。短い髪なら結う時間に何かできるだろうに…と、思う。
逆に、アルシュタートのように癖のない髪なら時間もかからないだろうし、第一自分で編めるだろう。それなら、髪を伸ばしていてもいい。
…どちらにしろないものねだりだが。
 そんなことを考えていたせいで、いつの間にかカイルが部屋に入ってきているのを知らなかった。

 「お・う・じ!あっそびましょ〜♪」

 その瞬間、するりと髪を結う紐がほどかれた。
ふわり、と抑圧を解かれたイストファーンの髪が背を隠す。


 「なっなっなっ……!?なんでカイルが僕の部屋に!!?」
「やだなー、俺何度もノックしましたよー?んー、30回くらい?」
「いないとか思わなかったわけ……?」
カイルは首を傾げ……ぽん、と手を叩いた。
「そうか、そういうこともありますっけね。ドアちょっとだけ開けて覗いてみたらいらっしゃったんで、とりあえず入ってきてみましたー」
「“ははは…”じゃないっ!しかも髪をほどくなっ!」
「だってー、王子ちっとも返事してくれないからー。出来心ってやつですよー…」
「いい年してすねるなっ!」
長身の男が地面にしゃがみこんでのの字を描いたところで、保護欲をかきたてるどころかうっとうしいだけだ。馬鹿とカイルを足して馬鹿イル。イストファーンは口の中でそれこそ30回くらい唱えた。
 やや深めに呼吸をして、精神状態を平静に近づける努力をする。カイルがやってくると、どうも振り回される。それが癪だから、たまにはカイルにもやきもきさせてやろうと思った。
幸い、難問はイストファーンの目の前に転がっている。
 「カイル」
「はい?」
「髪、結って。道具はこれね」
イストファーンは木の箱に入った櫛や霧吹きを出してきてテーブルの上に置き、自分は椅子に腰掛けた。
 イストファーンの髪は自分で言うのもなんだが、非常に結いづらい。癖があって長さが均一でなく、しかもすぐ逃げる。脳裏にカイルが困り果て、櫛を投げ出す様を思い浮かべてにんまりとした。
(思い知れカイル。きっちりできるまで許してやらない)
「はいはーい。引き受けまーす」
カイルは櫛を手にイストファーンの後ろに立つと、霧吹きで軽く髪を湿らせ、イストファーンの髪に櫛を入れる。
 「はー、王子の髪ってふわふわー。ご婦人から“王子、髪キレイでいいですよねっ!”とか言われませんか?」
「……別に」
存外、カイルは丁寧に櫛を入れる。いつもの侍女には及ばないにしろ、及第点を出せる程度には巧い。
(そんなの、ほどいたのをすぐに櫛入れてるだけだからそう思うだけだって…これから……これから……)
櫛を入れ終えたらしいカイルは、結いにかかったようだ。一定のリズムで繰り返されていた髪を梳く感覚がなくなった。
もうすぐカイルが扱いにくさに不平をこぼす頃だ。そうなったときは罵ってやろう。ほどくからだ。くらいは言ってやる。そう思っていたが……

 我慢できなくなったのは、イストファーンの方だった。

 「…もういいっ!!」
怒鳴ったイストファーンは、椅子から立ち上がった。振り返ると、カイルがきょとんとイストファーンを見ている。
「王子ー、俺、何か気に入らないことしましたかー?」
「そうじゃない…っ!いつもの侍女にやってもらうからいいっ!!」
言えるか。言えるものか。
カイルが髪に触れたら、妙にどきどきして落ち着かなくなってしまった。なんて、口が裂けたって言えるものか。
言ったら最後、カイルは絶対調子に乗る。それが見えているだけに、イストファーンはカイルを睨むばかりである。
「ごごごめんなさい……そんなにイヤだったなんて俺知らなくて……」


 「か……カイルの……」
「はい!?」
「カイルのバカっ!!髪結うのがどれだけ大変か知らないくせにほどくなっ!!」
イストファーンはカイルを怒鳴りつけ、むすっとしたまま寝台に寝転んだ。
背後でカイルが何か言っていたが、あえて聞かないふりをした。



 (カイルのばか。指の感覚が髪にまだ残ってる……)

 怒鳴ったのは、慕う気持ちの裏返し。




*****言い訳
 最近二次創作からとことん離れていたので、リハビリがてらに軽く1本。ツンデレ王子とヘタレ騎士(笑)。
考えてたときは侍女に結い直してもらったりしようかと思ってたのですが、まぁじんわり残るとそういうことで。


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