天の浄化


 トラン湖付近に久々に雨が降った。



 キリサはウンデルバラ城の屋上から南を見ていた。
かすんでよくは見えないが、湖が陸に変わるその先には、焦土があるはずだ。
多くの物言わぬ骸と、けして超えられぬと思っていた父の亡骸が、自分と同じように雨に濡れているのであろう。
その焦土を作り、数え切れぬほどの人の命を奪い、そして父親を手にかけたのは他でもない、キリサ自身だった。


 よく降る雨だ。
 この雨の理由が、血塗られた大地を清めるためであればよいが。

 ……だとしても、雨が自分の罪を洗い流してくれるわけではないが。



 キリサは、ふ、とため息とも微笑ともとれる息を吐き出した。
全て必要なことだとは思うが、
それで他者から好意的評価を受けることには良い感情は抱かなかった。……罪は変わらず、罪だ。


 「よ!」
生憎の天気なのに、底抜けに明るい声をかけられ、キリサは振り返る。
「……ビクトール…………」
階下よりやってきたビクトールはキリサに軽く片手を上げた。
「下は大騒ぎだったぜ?カスミのヤツなんか泣きそうな顔してよ」
ビクトールはキリサに歯を見せ、キリサの肩を思い切り叩いた。キリサもけして鍛えていないわけではないが、「クマの馬鹿力」ではたかれてはたまったものではない。顔をしかめるキリサにビクトールはまた笑った。
「お前だってたまには1人になりたい時もあるよな。うんうん、俺はわかってるつもりだしマッシュだって何にも言ってねぇ。戻る必要はねぇさ」
「…僕は解放軍のリーダーだ」
元々長居するつもりもなかった。
このあたりで戻るのがちょうど潮時だろうと考えて踵を返したが、しっかりビクトールに肩を組まれてしまった。
「たまにはつきあえ!俺が無理矢理お前を誘ったってことにしちまえ!」
そう言われると、本当にどうでもよくなってしまった。
どうせこの雨では自分の訓練もできないし出かけることもできないし、会議くらいしかすることがない。


 「……わかった」
「さっすが。そうこなくっちゃな!」
「けど何につきあえばいい?こんな雨で」
「うーん。そこまで考えてなかったなぁ……」
ビクトールが顎をこする横でキリサは首を傾げた。ビクトールの考えがキリサには全く読めなかった。
 「ええっと、なんだっけ。あっちがグレッグミンスターだっけか?」
「違う。それはもっと北、北は正反対。南はこの間、テオ=マクドールと戦った場所がある」
「なんだよお前。実のオヤジをそんな風に呼ぶのかよ」
ビクトールは物珍しそうにキリサの顔を覗き込む。キリサは自分の領域に踏み込まれるのが嫌いだ。
「説明する気はない」
「ほぉー、へぇー、ふぅーん。ま、いいけどよ。どうせつまんねぇことなんだろ?」
好奇心旺盛でおせっかいなビクトールのことだからあれこれ根掘り葉掘り訊かれるかと思ったのに急に引かれて、なんだか拍子抜けしてしまった。ぽかんとしているキリサを見てビクトールがにやりと笑った。
「どうしても、ってんなら聞いてやるぜ?」
「…断る」
わざわざ話したくもない。





 母親譲りで体が弱く、剣も握れぬ息子を恥じていた父親に対して
 だんだんと慕情が消えていったことなど
 語ったところで報われない
 愛して欲しかったわけではない
 認めてもらいたかった
 最期の瞬間に……



 「家族を手にかけるのって、案外負担なんだよな」
「ビクトール?」
「俺もよ、実は昔いやぁな状況になっちまって、家族やらまあとにかく、顔見知りをことごとく殺したことがあったんだけどよ」
「ビクトール、そんな話……」
「あん時はさすがの俺もヘコんだ。いやあもうそりゃねえ、ってくらいな」
「……そりゃあ、そうだよ」
「でもよ、お前は泣かないんだ。いつものように振舞って、お前はつらくないか?」


 キリサはしばらく考えた。
「…つらいんだと、思う」

ぽつり。


 「なんだそりゃ?」
「よく、わからない。僕はあの人のことは嫌いだったから、素直には泣けない。でも、なんとなく、痛い」
「…そか」
ビクトールはいつもよりも優しくキリサの肩を叩いた。
「泣きたいのを我慢するのも苦しいけど、泣きたくないのに泣くのも変な話だもんな。悪ぃな。常識だけで計っちまって」
「いや」
「お前の代わりに誰かが泣いてるだろうし、そのうち、泣きたくなるかもしれねぇしな。うんうん」





 「俺がヘコんだ日、すげぇ雨が降った。きっとありゃ、俺の代わりに空が泣いたんだな」
ビクトールは雨がやんだあとの曇天を見上げて呟いた。
「なにそれ」
「んだよ、しらねぇのか?空にはカミサマがいて、嬉しい時にはお日様出して、悲しい時には雨降らせて、迷ってる時は曇り空を見せるって言うだろ」
「……言わないよ」
「言うんだ!俺が言うから言うんだ!!」
「……わけわかんないよ?」
子供のように言い張るビクトールにキリサはついていけなくなって、そろそろ本気で退散することに決めた。
雨に降られて、服はすっかり濡れてしまった。いつものバンダナもびしょ濡れだ。キリサはそれを外して小さく畳んだ。
 「どこ行くんだよ?」
「着替えてくるよ。ビクトールみたいに頑丈じゃないから、風邪なんてひくとみんなに迷惑がかかる」
「ああそうかそうか……ってなんだよそりゃあ!」
ビクトールが拳を振り下ろすのを軽くかわして、キリサは歩き出した。






 ……父が死ぬ最期の瞬間に
 笑ったのを見た気がした
 最期の瞬間に
 認めてくれたのかもしれない
 ほんの少しだけ、そう思うことにした



 そうしたら、涙がこぼれた



*****言い訳
昔幻水サイトやってた頃書いた文章を持ってきました。(実は2度ほどOS入れなおしたので、過去の遺産はほとんど消滅しました…orz)
当時は坊ちゃんはフリックと仲良しな気があったんですが、これは珍しくビクトールと仲良くしてますね。
うちの坊ちゃんは小さい頃は体が弱く、テオの跡継ぎには到底なれない、と言われていた…という設定だったりします。微妙に王子とかぶってる。


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